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岩手とFlyFishing

 ゴールデンウィーク、妻の実家のある盛岡に里帰りで子沢山ファミリー総勢6人で 滞在していた。
 天気の良さに誘われて、頭の中では「早池峰(はやちね)、早池峰(はやちね)」という言葉が何故か浮かんでは消えていた。そしてピンシャン岩魚がプールでバシャ!とライズする映像が何故か浮かんでは消え、浮かんでは消えていて、痴呆症のような顔をしていた私に、妻は言った。「釣りにでも行ってくれば。お天気いいし。」天使のようだ、後光が射して。
 つとめて冷静を装い私は言った。「そうだね。そういう手があるね。」そして、つとめて冷静に支度を終えて車に乗込み、出発したのであった。ガッツポーズ。

 盛岡インターから東北自動車道を南下、ほぼ20km走り二つ目の紫波(しわ)インターで降り、一路東に進路をとり、国道4号、北上川本流、そして国道456号を直角に横切り、折壁(おりかべ)峠を越える。紫波インターから30kmで北上川の数多い支流の一つであり早池峰山(1914m)に源を発する岳川に着く。早池峰ダムを横に見て北側から流れる支流に入渓することにした。
 50kmのドライブで少し疲れた体を伸ばして深呼吸をする。力が蘇って来て、新緑の緑と木漏れ日の光りと、ウグイスの鳴き声とに包まれて、自然と笑顔が湧いてくる。


 車のリアゲートを開けてゴアテックスのライトウェーダーとウェーディングシューズを履き、ベストを着る。ウィンストンの5ピース3番ラインのパックロッドをセットアップし、エーベルのTRクリアを装着し、ガイドにリールから引き出したラインを通し、6Xのリーダーとティペットを結ぶ。

 とても暖かい日だった。春先の新緑で、暖かい日は本当に気持ちが良いし、大好きだ。

 フライフィッシングにもドライフライ、ウエットフライ、ニンフ、ストリーマー等、色々な方法(メソッド)があり、私は水面に鱒(ます、トラウト。山魚女、岩魚、ニジマス等)類が飛び出して来て釣れるドライフライの釣りが好きである。ドライで釣れるか否かはその季節の水生生物や陸棲生物の生態系といった自然条件と水温にかかっている。水温について言えば10°Cを超えるかどうかがガイドラインとなり、それ以下の水温の場合には水面下や水中の釣りになってしまう。
 祈るような気持ちで水温計を溪の清冽な流れに差し入れる。赤いアルコールの柱が少しづつ縮んで10°Cで止まった。この季節のこの水系では、もう少し水温が高ければコカゲロウ(黄色い蜻蛉)がハッチ(羽化)するのだが、今日は何もハッチしていない。こういう場合、私はエルクヘアカディスというフライを結ぶことが多いのだが、今日もこのパターンをパイロットフライとして使用することに決めた。

 岩手県には二系統の渓流がある。一つは他の地域にもある日本の典型的な渓流である落差のあるゴロ岩を流れるようなタイプの渓流。そしてもう一つは岩手山から小岩井農場の中を流れる渓流のように湧き水を源流とし土の中を流れ、クレソンが生えているチョークストリームというフライフィッシング発祥の地、英国の川のような渓流である。
 この川は前者の渓流で落ち込みが続く、ポイントが明確な渓流である。ブナ林の中を流れていて宝石のように澄んだ流れとなる。

 渓流に降り、フライをポイントにキャストした。入渓点はザラ瀬が20mくらい続いていて、その瀬頭には大きな岩の間を溪が落ち込み、白泡の深みのあるプール(淵)になっている。その白い泡が渦巻く流心にフライが落ち、流れにナチュラルドリフト(流れのままに)でフライが乗り、魚の出そうな予感に胸が高鳴る。淵尻まで残り1mというポイントで、底石までがクリアに見える真透明な流れから、フライに向かって渓魚がライズした。

 瞬間、無意識に反射神経が反応し、自分のロッドを持つ右手が勝手に合わせをくれる。フッキング!いつも一匹目はそうなのだが、ようやく自分の意識が無意識に追いつき、獲物を掛けたのだと理解できた。

 プールの水面を支配していた静寂は、一変して命の躍動とのファイトの舞台となる。ロッドを曲げ込んだ渓魚は右に左にフックから逃れようと水中を走る。ロッドから命の重さと野生の本能で荒ぶる振動が伝わってくる。

 笑顔。

 ロッドを高く上げて落ち着いて魚を寄せる。宝石のように綺麗な岩魚(いわな)だ。ランディングネットで岩魚をキャッチした。18cm位の小振りな岩魚だが、今年の記念すべき一匹目だ。一匹目を一投目で釣り上げる、ということは渓流のコンディションが悪い最近では滅多になくなった。それだけにほとんど、今日の釣りに関する満足を感じてしまって、あっけなく気が済んでしまったのだった。

 その後は付録みたいなものだった。平穏な気持ちで、溪と溪を育むブナ林や自然を十分に感じながら、中途半端なポイントにはキャスティングすることすらせずに、悠々と遡上して行く。ここぞというポイントは50mに一ケ所程度であったが、それでも2時間ほど溪を遡り、4匹の岩魚を釣り上げた。

 みちのく遠野に近い岩手の山々は、優しい女性的な形をしている。日本昔話の世界ような集落がそこにあり、元気な岩魚や山魚女が棲息している。
 ゴールデンウィークの岩手は、まだまだ早春を少しこえたばかりである。そして肌寒い日が多い。この日のように天気が良く、かつ汗ばむくらいに気温が上がってドライフライで魚が釣れるコンディションは二年ぶりである。そういう意味でも今回の釣行は、幸運であった。

 心の中で、盛岡に帰って「ぴょんぴょん舎」の焼肉とキムチたっぷりの盛岡冷麺を家族に奢ろうと、何の脈絡もないことを誓いながら帰路についたのだった。(完)

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