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一番最初にやりなさい

 前回のコラムで小学校時代の先生のことを少し書いた。先生の名前は、岩崎先生という。

 岩崎先生の風貌はオバQに出てくるコイケさんにそっくりだった。岩崎先生は、その風貌の通りに一風変わった先生だったが、僕達教え子にとってはスーパースターのような存在だった。逆立ちで校庭を一周することなど朝飯前。スポーツ万能なアウトドアズマンで学校の内外を問わず、良く僕らと遊んでくれたり山や川で冒険をやらせてくれたりした。

 今の時代にこういう先生を望むのは無理なのだろうが、逆に今だからこそ僕はこういう先生を望みたい。岩崎先生の想い出は沢山残っているが、その中でも取り分け二つのことを今でも忘れることはできない。

 一つは、小学校5年と6年の時の入団テスト付きで校内選抜された野球チームの監督だったこと。それぞれの町内を牛耳っていたガキ大将が集まり一つの目標である大会の優勝のために頑張った。その手に負えないガキ大将達を動機づけ、鍛え、励ましてくれ、僕らは5年生の時に生まれて初めての悔し涙を流し、6年生の時に優勝を手にして生まれて初めての嬉し涙を流した。

 もう一つは、木刀だ。岩崎先生は木刀を持っていてイタズラな僕達が許容できないほどに悪いことをした時に、クラスの前に出させて脳天に一撃を喰らわせた。その痛さといったら本当に火花が散り、涙が滲み、必ずコブが出来るほどだった。
 我々のクラスは特に腕白なヤツが多かった。だから僕らは本当に頻繁に「木刀の刑」に処されていたのだ。
 ただ一点この「木刀の刑」がユニークだったのは、どんなことでも「一番最初にやった奴は免除される」点であった。
先生「二時間目の休み時間に4年生の給食の揚げパンを食べた奴がいる。前に出て来い。」
僕等「ハイ。僕たちがやりました」
先生「バカモノ。何をやっとるかオマエラ。木刀の刑だ!」「で、一番最初にやったヤツは誰だ?」
*tohru「ハイ、僕です。」
先生「よし、*tohruは一番最初にやったから席に戻ってヨロシイ。」
てな具合だった。
 この岩崎先生のポリシーに基づく教育方針に異論がある方々も多いだろう。しかし、僕に限って言えば「何でも人がやる前にやろう、何でも最初にやろう。」という価値観を強く持つことになり、その価値観は今までの自分の人生に深く関わっている。

 卒業間近の時に、神をも恐れない僕とクラスメイトのキヨシ君は放課後の校庭で、サッカーボールを岩崎先生の木刀で打って野球をしていた。キヨシ君が投げたサッカーボールを僕が打った途端、「バッキッーン」という音と共に木刀は真二つに折れてしまった。(涙)
 その時に僕とキヨシ君は「ヤバイッ」と思う反面「木刀がなくなったから木刀の刑はナシだ。二人ともに最初に木刀を折ったし。」とタカをくくっていた。
 しかし、世の中はそんなに甘くなかった。僕等が折った初代の木刀は観光地の売店で売っているような柔らかい木質のモノだったのだが、翌日に岩崎先生が新調してきた二代目の木刀は剣道の達人が使うようなツバ付きの堅い木質の反り返った本チャンだった。そして、言うまでもなく最初に折ったからといって刑の免除はなかった。代わりに二代目の本チャン木刀の威力を知った初めての教え子になったのだった。

 子供を4人も持つことになり教育を考えることも多い。自分の子供たちには「シンプルで大切な事実」を伝えてあげたいと思っている。

竹(バンブー)と僕

 竹=バンブーという素材と僕のつき合いは永くて深い(と思っている)。ご存知の通り、僕はFlyFisherでバンブーロッドを愛用している。SnowPeakでも竹素材をTake!チェアのフレームに採用したり、テーブルの天板として使ったりしている。
 竹は草であり木材に比べて生育が早い。3年くらいで素材として使用できるほどに生育する。竹を素材として使用すれば森林資源のセーブになり、製紙においてのケナフ素材の採用と同様にECO素材といえる。

 僕と竹との関わりは小学生の頃、担任の先生が竹山を持っていたことを切っ掛けとしている。その先生は僕らを自転車で30分くらいの竹山に連れて行ってくれ、そこに生えている竹で食器や箸を作って自炊するという少年にとってとても魅力的な冒険をやらせてくれた。その時に竹という素材の持つ繊維に沿って割れていくさっぱりした特性がとても面白く印象深かった。

 その後、我がクラスでは、肥後の守での竹トンボ作りがブームになる。かなりマニアックな竹トンボが沢山開発されテストされた。
 竹トンボだけでは飽き足らなくなった僕は竹馬を作って近所を闊歩していた。近所の子供達もガキ大将の僕が乗っている竹馬を見て欲しがったので、かなりの数の竹馬を拵えてあげた。今から思えば小学生の僕は自転車で遠くにある竹屋さんまで竹を買いに行き、帰りは長い竹を二本担いで片手運転で家まで何往復もしていたことになる。(笑)

 そして最初は自分だけが竹馬に乗って気分を良くしていたのが、近所の子供達も竹馬に乗って近所を歩くことになった。僕は自分用に新しい竹馬を作ることにした。それは二階の窓からじゃないと乗れない、とんでもなく高い竹馬だったのだった。その竹馬に乗ると長い足がしなってヤバかったものの、本当に遠くまで見