© *tohru All Rights Reserved.

« 国際アウトドア専門学校 | メイン | 新しい年 »

2004年という年に感じたこと

 2004年は、新潟県の中越地方にある三条市在住そしてビジネスの拠点も三条市である僕にとって、様々なことを感じずにはいられない年だった。いや、否応なし感じさせられた年だったという方が正確だ。

 7月13日に三条市を7.13水害が襲う。北海道で行われたSnowPeakWay2004inドロームからの帰路で被災を知り翌日に三条までかなり迂回して戻った。7月16日に三条市災害ボランティアセンターができてから8月8日に閉鎖されるまでの23日間ボランティアセンターで働いた。そして復旧から復興へと気持ちを切り替えるためのイベント三条復興祈願熾盛祭(しせいさい)をようやく三条の若い経営者の仲間達と10月17日に開催。一段落着いたかに思えた。

 その一週間後の10月23日に、またも中越地方は大災害である新潟中越地震に見まわれる。十日町、小千谷に10月26日に入って現地調査。29日には僕は十日町にスノーピークスタッフは小千谷に炊き出しに赴く。そして全国からテントや寝袋を集めて川口町災害ボランティアセンターアウトドア隊として活動。最も被害が大きく復旧が遅れていた町の一つである川口町の被災者の皆様のために活動。

 一年で、大きな災害に二度も見舞われるということは稀なことだろう。そんな中で自分や自分たちは自分や自分たちにできて被災者のみなさんのためになると現地で感じ取ったことを素直に行動や活動にできてよかったと感じている。そして僕たちと同じように全国から本当に沢山のボランティアが駆けつけてくれた。何の縁もゆかりもない人たちのために借金までして来てくれた学生ボランティアもいた。阪神淡路大震災前には考えられなかったことだ。
 日本は豊かな反面コミュニティが普段は崩壊している地域が多い。三条も被災後に被災をきっかけにコミュニティが形成された地域も多かった。人と人が助け合って生きていく。人と人が力を合わせる。ということの素晴らしさを感じた。

 地元での活動で一番感じたことは、非常時には平和呆けした行政組織などあまり役に立たないということ。普段から心が通い合っている仲間、人と人のつながり、人の気持ちにしかできないことが如何に多いかということ。この二点を強く感じた。
 私達は日本という国のそれぞれの地域に住んでいる。しかし、非常時には自分のことを自分で解決すべく行動できる心の準備、3日くらいは自分たちで生き延びられるような物資や装備の準備が必要である。