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新潟県中越大震災(1)

 昨日、新潟中越地方地震で被害が大きい小千谷市と十日町市の現地調査に行ってきた。
 思っていた以上に被害は大きくライフラインの復旧も数日かかりそうな状況だった。反面、心配していた食料や水、毛布や必要な物資などは大量に全国から送ってきてもらって十分に足りている状況であることを小千谷市災害対策本部(市)の物資責任者の久保田氏と面談してお聞きした。ただ、避難所には十分に届いていない状況であるために久保田氏には行政が管理するよりもボランティアセンターの管理下に物資を委ねた方が適切に早く被災者の方々に物資を届けられることを三条の災害時の例を挙げてアドバイスした。この件については僕と一緒に三条市災害ボランティアセンターで総務の任についていた三条市社会福祉協議会の鍋島氏が小千谷災害ボランティアセンターに今日の午後赴くので先刻彼にブリーフィングを行った。今後、僕が行く必要があれば呼んでくれと言って彼を送り出した。

 スノーピークでは、スタッフ達が自主的に炊き出しのボランティアを計画中。僕は、業界やユーザーの皆さんにもお声掛けして必要物資を被災者に的確にお届けする仕組みを考えている。
 7.13水害の被災地である三条でも僕が会長を務める三条商工会議所青年部が今週末に十日町に炊き出しに行くことを決めている。
 水害の被災からこんなに短期間に他の地域に援助に行くことになるとは想像できなかったことである。一日も早い被災地の復旧と被災者の皆様に安寧な日が来ることを願わずにいられない。

熾盛祭(しせいさい)

 7・13水害で被災地した我が愛するまち三条の復興を願う三条熾盛祭を若い三条の仲間たちと開催した。
 7・13以降、三条で計画されていたイベントは全て中止となり、まちが何か縮みこんでいるような状態が続いていた。こういう時は前向きな若者達のエネルギーが必要である。
 急ではあったが、我がまち三条の産業の興りを再現するようなイベントをと考えた。三条は江戸時代の度重なる洪水から私達の先人達が逞しく強かに産業の火を熾して産業都市になった活力ある人がいるまちである。現代にそのまちに住む私たちがそれを追体験しているのだと思う。
 三条が被災する前よりも、もっと良いまちになっていくために自分たちや自分にできることはやっていきたいと考えている。
 熾盛祭の記事はこちらをご覧ください。