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SnowPeak アウトドア隊第一陣(2)

スノーピークアウトドア隊第一陣は3月19日午後14:00、宮城県石巻市にある石巻市役所 北上総合支所にっこりサンパークにある三陸大津波災害対策本部北上総合支所に皆様からお送りいただいたシュラフとマット、そして直接スノーピークにお申し出があった企業・団体の中で被災地に必要であると判断した物資を無事にお届けすることができた。

三陸大津波災害対策本部北上総合支所という名前には、東北地方太平洋沖地震という名称が使用されておらず、そのこと自体がこの地域の津波の被害の大きさを物語っていると感じた。ここは2005年の市町村合併までは、宮城県桃生郡北上町だった所で、その役場が支所として残っている。

このにっこりサンパークは、北上川の河口から3Kmほどの小高い丘の上に位置しており、周囲が全て津波で壊滅的な被害を受けている地域の中にあって、難を逃れた地形的な優位点がある施設で隣の北上中と共に北上地域の復旧復興の最前線基地。地理的な位置は前述のマップと次の写真で理解していただけると思う。

このように河口部に位置する高台の上。
この三陸大津波災害対策本部北上総合支所は12箇所の避難所にいらっしゃる1,600人の避難者の方々を直接ケアしていて、毎朝12箇所の避難所のリーダーがここに集合してミーティングを行ったり、必要な物資をここから持って帰るという組織だった活動が行われていることを確認できた。つまり、20日の朝には12箇所の避難所のリーダーがここに来て、マットやシュラフが各避難所に運び込まれて実際に使用されることが確認できたので、ここに全ての物資をお渡しすることに決めた。自分達で避難所まで行きたい気持ちも強かったが、佐藤支所長さんから「避難所でも必要なマットやシュラフなので必ず明日には届く。」「直接行ってもらった場合には不公平が生じる可能性がある。明日の朝礼時に各リーダーで公平に分配してもらうから。」という言葉で納得。

周囲の被害状況は写真の通りに言葉にならないほど酷いものでした。





何も言えない。語れない。写真から感じてもらうしかない状況でした。




1台目2台目とマットそしてシュラフの順で支援者の皆様のお気持ちを手渡しでお届け。お手伝いしていただいたのは三陸大津波災害対策本部北上総合支所の方々で石巻市の職員の方々。この方々も周囲の状況からも理解していただけると思いますが被災者でもあります。避難所には毛布しかなく体育館の堅い床の上に毛布を敷き、自分の身体にも毛布を掛けて寝ていらっしゃるとのこと。「これで寝られるね。」「これ、暖かいんだよね。」と笑顔で受け取っていただけました。各避難所には北上総合支所からリーダーを通じて20日の朝には届いたと思う。
これでアウトドア隊のミッションは2つ終了。

3つ目のミッションは、私達に託された企業さんや団体さんからの物資のお届け。写真は、パタゴニア日本支社さんの辻井社長から依頼のキャプリーンの下着5カートン。性別サイズ別にきちんとパッキングされていたのは流石。またINOYA Co.,Ltd. --株式会社井野屋--さんからLEDランタンと乾電池が沢山。


地元からは、Smile Farmの安達里枝さんからおむつ、おしりふき、衣類、ベビー用品、ママ用品、生理用品など15カートン。女性職員の方々が口々に「これは嬉しい。」と。こちらもカテゴリー別にパッキングされていて流石。

以上、アウトドア隊第一陣の3つのミッション完了報告でした。
今後も長丁場な支援活動になると思われますが臨機応変に実行していきます。皆様の引き続きのご支援をよろしくお願い申し上げます。

コメント

本当に…本当にありがとうございます。

何より、みなさんの温かい気持ちを運んでお届けできたことがよかったです。

お疲れ様でした。

支援には色々な考えがあると思いますので各人や各組織が自分や自分達ができることを実行して行けばよいと思います。募金も必要不可欠な支援の一つですよね。

私のふるさとへのご支援、本当に本当にありがとうございます。
写真4枚目の真中に小島のように見える山かげに実家がありました。
集落の大半が流され両親も未だ行方不明ですが、無事な皆さんは厳しい避難所生活を送っています。最低気温が零下となる環境では、マットやシュラフがとても貴重です。家や車を、そしてなによりも最愛の家族を失った悲しみは尽きませんが、皆さんのご支援に応えられるよう笑顔を取り戻せるまで頑張ります。皆さん、本当にありがとうございました。

>Phoenixさん